私が家族葬を選んだ理由 知らせなかった理由

コロナという感染症が流行ってから、
当たり前のように選ばれる方が多くなった「家族葬」。
市民葬祭のコラムを書いている私自身、母親を見送る際に「家族葬」を選択しました。
その理由は母親が癌で闘病中に、エンディングノートを作成しており、
葬儀スタイルに関しては「家族葬」を希望していたからです。
それでは母はなぜ、家族葬で葬儀を行いたかったのでしょうか。
今回は私情を挟むという、いつものコラムとは異なった方法で紹介していきたいと思います。
・家族葬に込めた母の願いと家族の本音
・家族葬に呼ばなかったあの人、判断の迷いや後悔
・家族葬で送る事の優しさ・責任(まとめ)
以上、3つのテーマに分けて紹介していきます。
家族葬に込めた母の願いと家族の本音

母は生前、静かに送り出してほしい」とよく口にしていました。
もちろん、親しくしている友人や会社関係の方々への感謝の気持ちはあったのですが、
最後くらい気を遣わず、家族だけで穏やかにという気持ちが強かったのです。
私もその母の言葉に安心を覚えていました。
大切な人を亡くした時残された家族は悲しみが深い分、人前で気丈にふるまうの
とてもつらいからです。
本人もそうですが、思い切り悲しみを分かち合いたい・・・
それが家族葬を実際にした私の本音です。
家族葬に呼ばなかったあの人、判断の迷いや後悔

たくさんいる母の友人達の中でも、
「本当にこの人は呼ばなくてもいいのかな。」と迷う方がいました。
母は自分が亡くなった事自体、
家族以外に伝えないでほしいという希望があったのですが、
万が一、後からその事実を知った方は、
どういう気持ちになってしまうだろうというのもありますし、
正直なところ、今も心のどこかで小さな後悔というのは持ち続けています。
「どうして知らせてくれなかったの?」その問いがあるたび、
残された家族は何度も母の気持ちを説明しなければいけないという覚悟も必要です。
家族葬で送る事の優しさ・責任
結論として母親を家族葬で見送った時間は、
私たちにとってかけがえのない時間となりました。
形式や段取りに追われる事もなく、しっかりと母親と向き合い別れる事ができました。
家族葬は規模は「小さなお葬式」ですが、私は「深く向き合えるお葬式」と思います。
ただし、先ほど紹介したように「知らせなかった責任」も伴います。
もし、このコラムを読んでいる方の中で「家族葬」で見送るべきなのか悩んでいる方が
いらっしゃいましたら、葬儀後の事まで考えてみてくださいね。
私は、家族葬を選びました。
家族のためにも優しさを込めた選択だったと、今は胸を張って言えます。
どうぞ、困った事がありましたら些細な事でも葬儀社に相談してくださいね!























